東放学園

TOHO会

TOHOKAI
東放学園同窓会のためのTOHO会へようこそ!
今日も絶好調

映画・TV

2017年02月01日

2月1日(水)今週月曜日は気温20度の春陽気!一転してまた冬が戻って来た。寒暖差が烈しいと体調の維持が難しい。早く春になればいいのに・・・・

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今週の初め隣家の蝋梅(ろうばい)が咲いた。
小鳥が花をついばむのでネットを掛けるのだが、
彼らはあっさりとくぐり抜けて入ってしまう。
ほんのり、少し甘いようなその香りがベランダ越しに漂ってくる。
寒梅、でもとりわけ贅沢な佇まい。
その花の形は蝋細工のようになめらかで奇妙だ。
今日も隣家の梅を楽しませて頂いている。

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奇妙と言えば、先日地元の図書館で「目に映るトリック」を扱ったコーナーが出来た。
錯覚、錯視をテーマにした書籍をディスプレー。

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『似せてだます擬態の不思議な世界』藤原晴彦著が面白そうなので借り出す。
(DOJIN選書)
昆虫の世界でも身の回りの状況に適応させその形や色を似せて生き残る。
ある者は強者の姿に似せて威嚇。
工業化が進むとその油煙がついた木々の色に擬態する蛾。
その適応ぶりの巧みさが昆虫の世界の多様性と数の多さなのかもしれない。
昆虫自体の形態も不思議な多様性をもっているのに、
まさに生き残りをかけて己をデザインする。
適者生存と云えば終わってしまうのだがどんな遺伝子が入っているのか。
創造主のみが知ることなのか。

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生命の不思議にはいつも驚かされっぱなしなのだ。
図書館もこういった企画を繰り返しするようになった。

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今回の企画にはあの「お化け煙突」に関する本もあった。
東京千住の火力発電所の煙突。
見る場所が違うと、一本から四本まで見える不思議な存在。
子供の頃、京成電車の車窓から移りゆく姿を観ていた。
懐かしい・・・。

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今年もあっという間に1月が終わってしまった。
業界の新年賀詞交歓会も出席したが顔ぶれは年々若くなっている。
挨拶では4K・8Kが景気の切り札だと云っていた。

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自分の感覚ではハイヴィジョン化がつい最近のことのように思える。
ますます技術革新のスピードが上がっているようだ。
新しい技術に振り回されてはいけない。
人は何時も新しく便利なものを求める。そして進化を重ねている。

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SFの世界観があっと言う間に古びてしまう。
預言書の役割が薄れていくようだ。
人間の考えることがすごいスピードで具現化していく。

とくにロボット系、工業系以外にも人型のアンドロイド、ヒューマノイド。
AIが進化するその先の未来の世界はそれらとの混在社会?
生命観・宗教観が大きく変化するかもしれない。
その世の中に合わせた生き方になる・・・擬態かな。

多様性の中の調和。
アメリカのトランプ氏の辞書にはない言葉かも知れない。
それぞれの存在をおおらかに認め合う、
そんな寛容さが大事なことだと思うから。

果てしない利益の追求だけで地球は成り立たないのだ。

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2016年11月03日

11月3日(木)体調不良やいろいろなことが重なってブログ一カ月サボりました。気がつけば今日は文化の日、朝から秋らしい好天気になりました。

1103-1コスモスの土手


このブログ、毎週のように更新していましたが、
ひと月も離れていると調子がくるってしまう。

1103-2大雅会・先生と奥様


先週末新橋で書の仲間のグループ結成5周年記念と
書の先生の結婚記念の集まりがあった。
少し早目に家を出て映画を観る。

1103-3日比谷シャンテ付近ゴジラ


1103-4映画手紙は…


日比谷シャンテ付近にはゴジラがいた。
『手紙は憶えている』アトム・エゴヤン監督作品。
記憶と嘘をテーマに作品を撮っている異色の人物。
地味な作品なので空いているのかと思ったら15分前でもう満員。
物語はアウシュヴィッツ収容所の生存者で認知症の老人(クリストファー・プラマー)が
車椅子の友人(マーチン・ランドー)から
ナチの生き残りの将校を殺せと命じられる。

手紙にはアメリカにいるはずのその男の手がかりのリストがかかれている。
あやふやな記憶をたよりにそれらしい人物を訪ね歩く。
よたよたと頼りない足取りで必死に、
ようやく彼を見つける!そしてそして・・・!!!

1103-5高速道路川船


ネタばれになるのでラストは明かさないが。
(アウシュヴィッツの記憶は最悪の過去だった)
人は自分を守るために嘘をつきそして、
ころっと改竄(かいざん)してしまうことがある。

1103-6川とボトル


過去の記憶の改竄でようやく自分を保つ。(悪い記憶の補修)
辛すぎる出来事で自分が壊れてしまいそうな時、
人間の脳は自分を守るために平気でで過去を変える機能があるという。
認知症の老人がラストでみた本当の真実は
これ以上ない惨いものだった・・・。
久しぶりに映画らしい映画を観たような気がした。
舞台劇でも好いと思った。

1103-7菊展


今年も近所の公園で恒例の「菊花展」が開かれた。
毎年目を楽しませていただいているが、
今年は全体的に華が小ぶりだ。
しかしこの花の香りは何か昔を思い出させる匂い。
子供の頃浅草の寺町付近で育った頃を想起させる。
寺の境内も遊び場だった。
優しい寺男さん(雑用係)から柿やイチジクを頂いた。
とにかく秋が深まってきた。そして朝晩が寒い。

OBの皆さんも今年の気候には注意して風邪ひかぬように・・・。

1103-8秋空街路樹


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2016年09月28日

9月28日(水)暑さ寒さも彼岸までというが、お彼岸も過ぎた割には今年は天候が変である。昨日今日、また夏日に逆戻り、気温も高くムシムシとして、汗をかきやすい。秋よ来い!

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そんな日々が続いているが、犬も散歩は途中でやめようとする。
もっともな反応だ、人間にもこの陽気は十分こたえている。

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このところ散歩道には彼岸花が真っ盛り。(白色もある)
艶やかな朱色と葉の無い茎がスーッとのび独特の形状。
ここ一週間ぐらいが見どころの様だ。
曼珠紗華とは仏界を連想させる奥深い名前である。
年に一度突然のように出現する華ゆえ、
亡くなった人などの記憶が甦るきっかけになっているようだ。
山口百恵の曲にもあった。

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空き地では猫が一匹悠然と座っている。

この頃のペット事情は猫が人気だそうだ。
散歩させなくてもよい自由気ままなところが良いなどなど。

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かつてわが家もネコを飼っていたが引越しの時、
突然いなくなってしまった。
「犬は人につく、猫は家につく」
猫はその時の雰囲気や空気感をいち早く読むらしい。
どちらもそれなりに人に飼われることに適応している。
わたしはどちらも好きである。

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今週あたま、映画『怒り』を観た。
まだ原作を読んでいる途中なので次回にまとめて
感想などを書きます。

原作と映画は比較する軸が違うのだが、
三つのバラバラなエピソードを監督の力技で繋げる。
人間の怒りの源とは・・・日常の中に潜む闇は深い・・・・と思った。

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2016年06月29日

6月29日(水)ここしばらく東京は典型的な梅雨空が続いています。湿度が高い。西は大雨だと云うのに、こちらは水源のダムが渇水状態、お天気はままならない。

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今週末からはもう7月になる。
今年ももはや半年が過ぎた!

光陰矢のごとし!年をとるほどに速く感じるのはなぜか?
レコード盤の最初の方はゆっくりと回転しているが、
終りに近づくほどに速くなる。そんな喩が合うような気がする。

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毎日が変化している筈なのだが、アッと云う間に終わってしまうようだ。

「時間とは何か?」この間TV番組でモーガン・フリーマンのMCでやっていた。
ギリシャ哲学からアウグスティヌス、現代物理学者をもってしても、
依然、明快な答えのない「時間」と言う存在。
絶対時間・相対時間・心理的時間、などなど。
わずか1時間ほどの番組ではかえって混乱を招いてしまう。
観測者の位置(光速で移動するもの)でも伸びちじみする(浦島効果)。
量子力学レベルの話でけむに巻くことが出来るのか?(存在の不確定さから推定)
時間は存在しない!それは異次元のものだからという説さえある。

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「時間とは何か。普段は知っているはずなのに問われるとわからなくなる・・・」アウグスティヌス。
なかなか寝付けない夜は睡眠薬のようにぼんやり考えることがある。

こんなことを考えるのは年金生活者のヒマ人だから・・・・。

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この頃書道展を観に行く機会が多い。
ひと頃ほどではないが相変わらず書道人口は多いようだ。
そして会派はは多数に存在すると云う。
日本は中国から来た漢字に仮名文字を加えて独自に進化してきた。
日本の書を文化遺産にという動きもあると聞く。

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韓国はハングルに移行。中国も簡略体。
だから台湾に行くと看板の旧体字に懐かしさと歴史を感じてしまう。
そこに行くたびなんだか妙な時間の緩やかな逆行が見える。

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総統も変わって台湾と中国の関係はどうなるのか。

イギリスのEU離脱が大きな波紋を投げている。
あの慎重なイギリスが目の前の感情論に支配された?
EUの大きな理念は何処に行ってしまったのか。
地続きとはいえヨーロッパは昔からいざこざが絶えないのに。

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TVを観ていたらデイトレーダーの主婦が円高のはざまの一瞬に、
何百万円を稼いだと云う・・・そんな時代でもある!

それでも、「時間」は流れていく・・・何処へ?

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2016年06月18日

6月18日(土)今日は朝から真夏の天気、暑い夏日です。今年は水源のダムの渇水、もしかしたら何年前の取水制限になったら困りますね。

0617-1映画・授業


先週、映画専門学校で教壇に立った。

階段教室は新入生でいっぱい。
久しぶりの講義で少し緊張気味。
映画製作を目指す若者たち、頼もしく映った。
なかには留学生もおり東南アジア系、欧米系の顔がみえた。
彼らはの日本映画〜黒沢明、小津安二郎、溝口健二が好きなのだ。
しっかりとした骨太な映画、日本独特の情感描写。
日本映画全盛の頃の作品にあこがれているようだ。

0617-2映画・授業2


今回わたしの取り上げた作品はソ連・イタリア合同作品。
A・タルコフスキー監督の『ノスタルジア』。
難解だが最高の映像美の作品。
中世の宗教画を観ているような気にさせる耽美的なものだ。

0617-3百合・白


今世界で映像を目指す若者はまずスマーとフォンで撮り、
編集・加工のアプリで仕上げているようだ。
極少数、低予算なのがうらやましい。
時代が変わってテクノロジーも便利に安価になったようだ。

わたしたちの学生時代には16ミリ・フイルムカメラで撮影。
編集・ダビング(音入れ)に莫大な費用が必要だった。
そのため夏休みはほとんどアルバイトで費用を捻出。
10人ぐらいのチームは必死に働いた。
真夏の肉体労働もあった、今はいい思い出の一コマ・・・。

0617-8丸い木


今日の講義のテーマは「映画の夢と無意識」。
映画という白昼夢をいかに監督が描くのか?
具体的な日常から映像のマジックで非日常へ。
極上の映画という夢を観客は期待するのだ。

0617-4氷暖簾


講義も終わって即、電車移動。
某大学へ、今度は授業を受けに、なのだ!
5年ぐらい前から興味の会った分野を深く学びたいとの思い、
一人の受講生として毎週のように通っている。

同じ日に立場が反転した軽い驚き、
今度は自分の子供より若い先生に学ぶ。
立場が変わる〜先生から学生も悪くない。
長く生きているといろんなことが起きる。
こんなことも人生の面白さかもしれない。

0617-5浅草昼


久しぶりに浅草に行った。
飲み屋のテラスから吾妻橋越しにスカイツリーが見えた。
今は昼が長いので2時間後に同じ位置からそれを撮影。
まるで違った光景にみえる。
時間のマジック!

0617-6浅草夜


先生と生徒が数時間で違う人物になる。
これも偶然のマジックなのか!?

0617-7アジサイ黄色



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2016年06月08日

6月8日(水)東京もいよいよ梅雨入り。けれど今日は昼過ぎから陽が照って、良い感じに。でも油断は禁物

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ここ二、三日東京は梅雨寒(つゆざむ)。
外出は長袖を着てお出かけなのだ。

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今年はヨーロッパ中部地区、フランス、ドイツ南部、ベルギーで洪水被害。
なんとパリではセーヌ河の一部が氾濫、100年ぶりとか。
ルーブルやオルセー美術館は休館。収蔵品は無事避難したようだ。
この頃、世界いたるところで何年に一度規模の自然災害が起きている。
氷河期(ズーッと先だが?)に至る道を地球が歩んでいるのか?

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先日、東放学園映画専門学校からゲスト講義の依頼があった。
いわゆる七夕講師(年一、二度)を務める。
対象学生は一年生、グリーンボーイ(ピカピカの新入生)。

講義内容は以前にも扱ったA・タルコフスキーの作品と技法。
30年以上前に彼の作品に魅了されてほとんどの作品を観た。
その頃「日本タルコフスキー協会」と言うおそろしくコアな団体に入会。
極めてまじめな研究者の集まりだった。そしてレベルが高い。
その当時、あの黒澤明監督も彼と会い、『惑星ソラリス』を絶賛していたほど。
わたしは『惑星ソラリス』を満員の岩波ホールで観て感激。
主人公のトラウマ(心の傷)や無意識を実体化してしまう謎の惑星ソラリス。
そして亡き妻が宇宙船に忽然と現れる。
まるで『四谷怪談』のようだ。しかし亡霊ではなく「彼女そのもの」なのだ。
彼はそこで二重の苦しみを背負うのだ・・・・。

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タルコフスキー監督の技法の一つに長廻しがある。
一つのシーンを延々とワンカットでカメラを回していく。
しっかりとした構図とカメラマンの腕。役者の演技力が絶対条件。
観客はひたすら画面を見続ける。凝視する。
余りにゆったりしたリズムに思わず眠りに誘われる。
映画は白日のもとに観る創られた夢。
そしてまた監督の夢に夢を見させてくれる。
観る者は自分の夢(無意識)に導かれていく。

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今回は『ノスタルジア』1983年ソ連・イタリア合作品を鑑賞。

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まるで中世の絵画を観るような圧倒的に美しい映像。
旧ソ連からイタリアに来たノスタルジックになっている小説家の主人公。
世界はもうすぐ終末を迎えると云う変人扱いのひとりの村人。
それを予感させる極めて移ろいやすくも儚い風景美 火、水、靄の揺らぎ。

はたして彼らに本当の意味での償いと赦しはあるのか・・・。

すぐれた映像作家の彼は前作『ストーカー』1979年ではチェルノブイリの悲劇を予感していた。
『サクりファイス』1986年が遺作となってしまった。

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先週は講義の準備で関係の書籍を再・再読。
難解な作品、学生さんたちにはこの作品の映像感覚を覚えて欲しいと思います。

次号はその報告も・・・。

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2016年03月09日

3月9日(水)昨日東京は20度越えの暖かさ、今日は朝から冷たい雨風で寒い。先日、久しぶりに霧を見た。三寒四温を繰り返し本格的な春になって行くようだ。

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それにしても春の天気は猫の目のみたいに変わる。
初夏の様な陽気から今日は逆戻り、寒い!
体調を崩す方も多いのでは。わたしは幸運にも花粉症にも罹らず、
なんとか毎日を過ごしているが、近ごろもの覚え悪く、物忘れがややある。
年なんだからと割り切っているがチト淋しい。

でも思い出した事がある。

先週、TOHOの三期生との集まりで、油谷監督さんが会話の中で
イタリアン・ネオリアリズム(戦後間もなくイタリアでおこった映画運動)
のことを覚えていた。
なんと我が家にはその頃の映画論の本があった。
(今村太平著 現代藝術選書たぶん絶版?)

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第二次世界大戦後のイタリア(ローマ)の荒涼とした都市風景と、
荒みきった人々の日常を淡々とドキュメンタリータッチで描いていた
ヴィトリオ・デ・シーカ( 『靴みがき』『自転車泥棒』など)
ロヴェルト・ロッセリーニ(『無防備都市ローマ』など)
その後イタリア映画はF・フェリーニ、
ミケランジェロ・アントニオーニ(『情事』『太陽はひとりぼっち』)
に引き継がれ、彼らはイタリアン・ネオリアリズムから出発したようだ。

そのころヨーロッパ映画は世界の最先端でいろいろ話題作が多かった。
フランスはヌーヴェル・バーグ、英米はニューシネマ。
毎日のように映画館や自主上映館を巡る日々だった。
映画を観終わってクラブの部室で先輩たちの話を聞く。
美学・哲学・文化人類学に話が及ぶと、
自分がいかに不勉強なのか思い知る。
60年安保で大きな挫折を味わった先輩が映画に回帰していたのだ。

学校の正規の授業は二の次で難しい本を読んでいた。
苦労して読んだ本の事を先輩に話すと、
「じゃあ、この本はどうかな・・・」と笑いながら紹介される。
先輩たちが良き先生だった・・・。

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それから十数年後、縁あって教師になったが、
生徒たちにはなるべく難しい映画や本を紹介した記憶がある。
「先生、この本読んでみましたがさっぱりわかりませんでした・・・」
「そうなんだ!難しい事に挑戦するのはいいことだ」(軽いノリで)
それでも喰いついてくる生徒は素晴らしいと思った。

その時、わたしは無意識に学生時代の自分と重ねていた気がする。
知ることの果てしなさ、そしてその意味は何か。
不可知論の罠に引っ掛からないように指導したのだが・・・。
(・・・現象を越えること、我々の感覚にあらわれる内容を超えることは、知ることはできない・・・)

近ごろは難解な映画が少なくなってきたようだ。
かつてA・タルコフスキーが撮った『ストーカー』(1979年ロシア)のような
哲学的命題を映像化した作品が。
この映画は、まるで原発事故跡の様な
廃墟を案内するストーカー(廃品盗人)に記者と科学者が同行。
やがて禁忌の部屋にたどり着くが、
そこは人間のよこしまな欲望を絶対的に拒否する処だった。

登場人物の哲学的・宗教的議論もたちまち無に帰してしまう神秘の部屋なのだ・・・・。

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1986年チェルノブイリ原発事故を予言したような
廃墟(ゾーン・隕石爆発跡)のシーンは恐ろしく美しいのだ。
そして、極めて退屈なのだ。
(廃線のトロッコで移動するシーンは必ず眠気が来る。『惑星ソラリス』にもある)
一瞬寝入って、起きても同じシーン。(5〜6分以上経過していた)
心地よい一時!
押し並べて彼の意識的なゆったりした映像は、
映画と言う夢の中に観ている者に夢を見させる。(無意識に下ろされる)
二重のレトリックを仕掛けているのかもしれない・・・。

油谷OBとの会話から延々と過去の事を思い出していた。

新しい事はさっぱり覚えられないのだが、
少し生きながらえていると古い記憶が甦ってくる。

年寄りの繰り言のように・・・・。(お退屈様でした)

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2016年01月20日

1月20日(水)この冬、暖かかった東京も月曜日は雪。相変わらず交通機関は脆弱で各地で混乱。間引き運転、遅延、毎年同じようなニュース画像が流れた。

0120-4サロン書斎


先週本屋をのぞいていたら、
新たにカズオ・イシグロのコーナーができていて、
TVで『わたしを離さないで』のOM AIRの影響か。
この本だけすべて売れきれだった。
「何せ世界のイシグロ」で『わたしを離さないで』は、
日本でも2014年蜷川幸雄演出、多部未華子主演で舞台化。
TVドラマ化は初めて。日本にも数多くのファンがいるからか。

その第一回を観た。
「臓器提供者として生まれたクローン達の切なく、やるせないものがたり・・・」
山奥の人里離れた隔離された寄宿舎が舞台。
ある日、主人公(綾瀬はるか)たちは責任者の先生から、
その残酷な宿命を告げられる。
「・・・皆さんは人の命を救うエンジェル」なのだと。
そして数奇な運命を描く哀しいドラマが始まった。

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原作の文章は「わたしの名前はキャシー・H。いま31歳で介護人をもう11年以上やっています。」
主人公の一人称小説の回顧から始まる。

もしこの物語を無理にジャンル分けをするなら、
わたしはSFで言うパラレルワールド(並行宇宙)の物語として読んだ。
近未来、人間たちが長生きするための犠牲者(提供者)をあらかじめ用意する。
「それが人類のためなのだから・・・」と。
恐ろしい話である倫理観、宗教観を見ないふりをする。
イギリスでクローン羊が誕生したころ書かれた本だ。
こうしたサクリファイス(犠牲者)の青春ドラマが前半のストーリー。
原作では精妙で端正な語り口で読むものを引っ張っていく。
イシグロのひとつのテーマ「運命は不可避である」と・・・。

これ以上書くとネタバレになるのでこのへんで。

『わたしを離さないで』ハヤカワepi文庫 土屋政雄訳


それと先週今年初めて映画を観た。

『ブリッジ オブ スパイ』(Bridge of Spies)
〜inspired by true events
トム・ハンクス(主演)S・スピルバーグ監督。
久しぶりに映画らしい映画を鑑賞。
舞台は1957年アメリカ、米ソ冷戦のさなか。
非凡な日曜画家を装うソ連のスパイが逮捕される。
弁護士(トム・ハンクス)はかつてニュルンベルク裁判で腕をふるった国選弁護人。
トムが詳細に事件を調べて一方的な裁判に反発。
懲役刑に減刑される。(いつかこの被告が役に立つと判事に申告)

数年後その機会がやってきた。
アメリカのスパイ機がソ連領空で撃墜されパイロットが捕まってしまう。
一方ベルリンの壁が築かれている中でアメリカの学生がスパイ容疑で逮捕。
国境の橋の上でスパイ同士の交換が始まろうとする・・・。

0120-3スパイ


歴史オタクのスピルバーグ監督が選んだ時代と舞台。
今のような高度なITを駆使した情報戦ではなく、
人間臭さの残るやり取りがあった。
スパイがただの駒にすぎないのは変わりないのだが、
人が介在するシーンが多かったように思える。

映画は「画」だ。
いかに過去を再現するか、その擬似リアリティを獲得するか。
町並み、衣装、小道具・・・。
たった今見てきたような設えでなくては。
脚本はあのコーエン兄弟(『ノー カントリー』など。さすがに旨い語り口だ)
トム・ハンクスも微妙に抑えめの演技で魅せる。
対するソ連のスパイ役 アベル(マーク・ライランス)の、
静謐を絵にかいたような演技はもしかしたら、
トム・ハンクスをかなり食ってしまったに違いないと感じた。

近ごろ先の大戦の話を題材にした映画が多く作られているようだ。
資料も出そろい過去の歴史に評価が一定の見方ができるようになったからか。

それにしてもS・スピルバーグは映画オタクであり歴史オタク?
冒頭にもあったように1960年代のアメリカ社会はベトナム前の絶頂期。
わたしとほぼ同年代の監督はハイスクール時代にこの事件を知っていたかも。

過去の歴史は見方によっては玉虫色に映る。
事実を書きかえることはできないが、
記憶され、集められ、切り取られ、主観がその重さを確かめる。
その数知れない積み重ねが歴史の評価につながっていく。
時代はそれらを重ね合わせながらその時代の歴史観に収斂する。

映画はもう一つの作られた歴史観なのだ。

翻って自分史はどうなのだろうか。
自分の都合のよいように書き換えるのは勝手だ。
でも本当は他者の視点が(例えば映画とか)必要なのだ。
不可知論になる前に誰かに自分を語ってもらいたいものだ。

知っているようで知らない自分がこうして今日も存在している・・・。

今週末は静岡TOHO会だ。
自分とかかわったOBの方々「あの日あの時の」歴史を語りましょうか!

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2016年01月13日

1月13日(水)東京は昨日今日と本来の寒い冬になった。チラチラと初雪。これからが本当の冬になるのか?温暖化が加速しているように見えるが。

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年始、一月は何かと催しものが多い月だ。
初詣、出初式、鏡開き、書き初め・・・。

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そんな中、今週も上野の美術館巡りをした。
連休のせいか上野のお山も大賑わい。
先ず国立西洋美術館で「黄金伝説」を観る。
6000年以上前、エトルリア文明。(ブルガリアのヴァルナで偶然発見された)
古代地中海世界の秘宝・黄金の装飾品が眩く展示。
きらめく精緻な黄金細工に思わず「こいつは春から縁起が好いわい!」

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ついでに常設展も見て回る。
さすが旧松方コレクション、泰西の名画ぞろい。(新規絵画展示も有った)
何やかやで2時間ほど経ってしまった。

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いそいで東京都美術館に移動!
「TOKYO 書 2016〜公募団体の今」を観る。
書の人口も意外と多い、この会は大きな団体の展示だ。
着いたとき丁度、前衛書家の講演会があって、とても混雑していた。
絵画と書道の境目の抽象化された線と余白の美しさ。
あの篠田桃紅さんも書からスタートしたのだ。

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同じ館内の下では書家の巨星たちの作品。
「感じる漢字」展を楽しんだ。
書も奥深い達人たちの墨跡はまさに漢字の不思議さを感じさせるのだ。
西川寧・青山杉雨の作品は自由闊達。
書字の奥深いところを描く、そして楽しませる。
普段街で目にする居酒屋のいい加減な文字が対極に浮かぶ。
漢字文化はもっと丁寧に表現してもらいたいものだ。

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明けて1月11日は『成人の日』。
近所の文化センターの広場には新成人で溢れていた。
雪や雨が降らなくて良かった。
この人数を観る限りとても少子化とは思えなかった。
この風景を観ると、つくづく日本は平和だと思う。
思えば50年前学生服で緊張気味に式に臨んだ自分が、
ここに犬を連れていると思うと、
時の経つ不思議さを改めて想う。

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夕方のTVニュースでは今年も荒れた成人がいたと云う。
自分の表現を無節操に短絡して表すのは稚戯に等しい。
自分の未熟さに輪を掛けるようなものなのだから。

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今週金曜日TVドラマ『わたしを離さないで』(原題:Never Let Me Go)が始まる。
カズオ・イシグロ原作の悲しい話だが。(臓器提供を宿命づけられているクローンたち)

原作からは切なさと孤独感・寂寥がベースににじんでいる。
女主人公キャッシーを綾瀬はるかがやるようだ。
暗く重いテーマだけにどんな見せ方をしてくれるのか・・・。

カズオ・イシグロ氏は英文学で1945年以降最も重要な50人の一人に選ばれた小説家。
『日の名残り』近作では『忘れられた巨人』がある。

今から少し期待している。

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2015年10月15日

10月14日(水)見上げると空が高い!そして今日も青い。朝晩は少し寒い感じがする。富士山には初冠雪。ススキも今は盛りの風物詩。秋深し隣は何を・・・か?

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かつて『それぞれの秋』というTVドラマがあった。
内容は忘れたがタイトルは覚えている。
そう、皆それぞれの秋模様の中に生きている。

「ヒマな時何をしてますか?」と聞かれると、
「・・・う〜ン  ヒマしている」と答えることにしている。

秋のさなか公園のグランドでは年配の方々がグランドゴルフ。
秋の日を浴びてのんびりと楽しんでおられるようだ。
この競技はゴルフと同じルールで各ホールの規定打数の少なさで競う。
用具はゲートボールと似ている。
皆さん仲良く、真剣にやって居られる。
一時熟年スポーツの王者と言われたゲートボールをしのぐ人気だと云う。
わたしの先輩ががこのグランドゴルフで個人優勝したと喜んでいた。

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「一億総活躍社会」
第三次安倍内閣のスローガンだそうだ。
これって・・・・何?
それはそれはどうも御苦労さまです。
としか言えない、目が点になる。
シニア世代の年金も徐々に下がる一方なのに。

「それぞれの熟年人生」がある。
お上の派手な号令は余計なお世話かも。
経済最優先の制作も結構だが、
大企業優先の利潤追求がきにかかる。
もしかしてフォルクスワーゲン社も企業合併を繰り返し、
無理を重ねてトップに上り詰めたばっかりに・・・。

労働者派遣法もまた改正された。
今度のテーマは「業務から人」
限定26業務も廃止されて、
(「放送制作」で働く分野もそうだ)
プロフェッショナルの派遣業務は消えてしまった。
定められた契約期間を終えても人を変えれば、
(3年を限度に)何時までも続けられるとの事。
仕事から人への切れ目ない労働力の安定供給。
非正規労働者が増え続ける筈だ。
欧米の派遣労働はその特殊技能の為賃金が高いと聞く。
日本の派遣労働は1999年の自由化以来、
単なる「人手」になってしまった。
そして格差社会が現実になる。

もちろん経済も大事なのだが・・・。
「それぞれの人生」を考えて欲しいものだ。

OB皆さんの秋が実りあるものになりますように!
1014-3


toho_sakuma at 15:00 この記事をクリップ!
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