2015年05月13日
5月13日(水)季節外れの台風が過ぎて、文字どおり台風一過の夏空。朝から東京は日差しが刺すように痛い。このまま夏にならないように。

OBの皆さんのGWは如何でしたでしょうか?
私はあまり遠出せず家でのんびり、ゴロゴロ過ごしました。
読みたい本も沢山あったので読書三昧?と散歩。
ミステリー関係はあえて封印。
傾向の違う作家のものを読み耽っていました。
前から気になっていた作家カズオ・イシグロの著作を読みました。
まず、『日の名残り』土屋政雄訳ハヤカワepi文庫。

イギリス名家に仕える執事の半生の記憶と回想。
彼の終生のテーマは、最善の執事の在り方とは?なのだ。
そしてその一つの要素として「品格」があると云う。
それには、お仕えするご主人の高貴な人柄も有り、
何よりもそのオーダーに疑問を挟まず、
つねにイエスと従うことこそが大事。
(彼の父親も有能な執事だった)
先の大戦をはさんで彼は影の政治の舞台裏を
黙々とセットしてきた。
大戦前のヨーロッパを暗躍した政治家も、
その名家で密かに会談を重ね根回しに奔走する。
執事は何十名の使用人に、その舞台づくりを差配するのだ。
自分に深い恋心を抱く女中頭の思慕など眼中にない。
やがて大戦も終結し反体制側のとり持ちをした主人は、
失意のうちに亡くなる。
古く伝統に満ちたその屋敷は、アメリカの富豪のものになった。
イギリスの文化と伝統を愛するアメリカ人は、
執事もそのままでという条件で買い取る。
その頃彼は十分に年老いていた。
ある日、今の主人が執事に車を貸し与え、
ねぎらいの休暇を勧める。
その前に、彼はかつての女中頭が結婚して手紙をよこしていた。
旅の終わりの日に、彼女に会う予定なのだ。
そして彼は一週間の旅に出る。
彼はその旅先で記憶の糸を紡いで、
深い回想と悔恨の旅をたどって行く。
一人称小説で細やかで丁寧に語られる彼の身上、巻き戻せない過去。
彼が辿りついた先はいったい何があるのか・・・。

カズオ・イシグロ。
5歳の時渡英、1989年『日の名残り』でブッカ―賞を受賞。
イギリスで最高の権威ある賞だ。
陰りゆく英国のひとつの象徴的職業である「執事」。
日本生まれの作家が、これを長編小説にしたことの驚き。
イギリス人以上に、客観的にイギリスを語れた優位性。
ケレンミのない淡々とした丁寧な語り口。
今そこで主人公の煩悶と悔恨が伝わってくる。
きめ細やかに読者の心の襞に浸透していく。
時間がたつことを忘れて(翻訳も優れていて)
読み耽ってしまうのだ・・・。
そして同じ作家の一冊、『わたしを離さないで』土屋政雄訳。
これはどんなジャンルの小説なのか。
物語は臓器提供を宿命づけられたクローン人間たちの、
はかない、しかし必死に生きようとした人生を描いた傑作である。

主人公のキャス(キャッシー)はクローンたちを養育する学園で育つ。
男女共学の寄宿舎の生活は青春モノのストーリー展開だが、
学生たちとの細やかなやり取りやちょっとしたトラブル、
好きな生徒嫌いな先生、気になる男子生徒。
囲い込まれたように佇む学校。
読み進んでいくにつれ、普通の学園生活には謎めいたことが起こる。
それも決してドラマチックのものではなく、薄皮をむくような
精妙な筆致で語られていく。
スリラーでもSFでもなく緩やかに語られる悲劇。
近い将来臓器提供が決まっている青春群像。
イシグロ氏は、まるで何事もない様な語り口で淡々と描いていく。
焦点深度の深い映像で、細部が想像を超えて展開。
きわめて精緻に彫り込まれていく。
文章の一つ一つが短くはかない彼らの命運を刻む。
キャスは提供者を看取る介護人となり、
自分たちの人生や命についての想いを馳せる。
ラストでは感傷を廃した心象風景が重なる。
すぐに来るキャスの命の終わりに、
今は無い荒涼とした学校の跡地に佇んで・・・。

こんな平易な言葉で多くの悲しい生が失われていく物語。
ドリー(クローン羊)を生んだ国で書かれた。
わたしたちはいずれ自分の命が失われるのを知っている。
他の人をすくうための命を持っていることも・・・。
久しぶりにすぐれた小説に出会えてよかった。
カズオ・イシグロ氏に感謝と賛辞を送ります!
今年の6月にイシグロ氏が来日の予定だとか。
