2015年11月
2015年11月25日
11月25日(水)今日の東京は朝から冷たい雨。一気に冬が来たような気候です。先週末の台湾も小雨で結構涼しく、この季節は気温が乱高下するそうです。

先週末、台湾TOHO会が開かれた。

今年で3年連続でお招きを受け、
当地OBの皆さんと久しく交流させて頂いた。
アナウンス学院のOBが多く出席され、音響技術・放送芸術科も多くなった。
東放学園も今や少子化の影響で海外の留学生を多数受け入れている。
あと何年かのちには東南アジアの学生が当たり前になっているかも。
参加者は圧倒的に女子が多く、TOHOでのキャリアを生かして活躍。
とても頼もしかった、それに着けても日本語が上手い。
語学は若いうちにと言うが本当だ。

会話の中で台湾の人口も減少傾向との話。
もう一つの中国に、のみ込まれるのを感じて
海外に居を移す人が増えているとか。
街中では声の大きな中国人観光客が多く見られた。
ファッションセンスも微妙に違うようだ。
台北の故宮博物院もその観光客で連日満員なのだ。

今回は一昨年に訪れた基隆港を見下ろす観光地。
九イ分は映画『千と千尋の神隠し』『悲情城市』
ですっかり有名になってしまった。
丘の上に密集する高低差の多い路地街。
当日は日曜日とあって細い道をはみだしそうになって歩いた。
独特の香辛料の匂いに満たされ、
やはり異国だなあと思う。
何故か欧米人観光客の姿は見えない。
きっとこの匂いが彼らには苦手なのかも。

今年は『千と千尋の・・・』モデルになった建物で
高級な香りの良いウーロン茶をいただいた。
港の景色を観ていると会場から怪しい雲。
あっと言う間に雨模様。
急きょビニールの雨合羽を買う。
外に出ると目の前に昔の映画館があった。
九イ分は昔金山があってその抗夫さんの娯楽施設。
中では昔の映画を上映していた。
場内には懐かしい35ミリの映写機が、
映画が娯楽の王さまだった頃を偲ばせていた。

このところご縁があって台湾に行く機会が多い。
台北市内を歩いていると少しずつ街並みが変わっている。
現代的なビルのすぐ裏道には築5、60年の古びた建物が併存。
それも妙にマッチングしている。
看板の文字はいわゆる旧漢字、懐かしい!
本土は簡略文字だがここはまだスタイルを捨てていない。
文字は文化だと思う、歴史の積み重なり。
簡略化して利便性を追求するのもまた文化の在り方だろうが、
「書」をかじる者としてはなんともここの文字は心地が良いのだ。
それにこの地は懐かしい良き昭和の匂いがするのだ。

こんど機会があったらゆっくりとこの地の文化を旅してみたいと思う。
時は流れ・・・東放学園も海外でOB会を開催するとは、
開設当時はまるで思いもしなかった。
台湾のOBの方々の今後のご活躍をお祈りします。

2015年11月16日
11月15日(日)このところ週末雨降り模様で寒い。幸い今日は久しぶりの晴天で晩秋の散歩を楽しんだ。いつも行く河川敷は釣り人や散歩する人が多かった。

先週、日光へ行った。
浅草から東武ロマンスカーに乗る。
行楽のシーズン、紅葉の時期なのでほぼ満席。
今日は日光カンツリー倶楽部で久しぶりのゴルフ。
今回はKさんのホールインワン10周年記念の会。
「あれから10年もたったなんてね・・・」
皆口を揃えて「そんなになるんだ!速いね、昨日のようだ」と。

いろんな名目で集まってワイワイとゴルフなんぞやるのもいいものだ。
男体山を見上げながら秋の一日、羽を伸ばして楽しむ。
昼食時のクラブハウスは高齢のジェントルマンが談笑していた。
皆さん、倶楽部ライフを満喫しているようだ。
このところはゴルフのスコアより、
皆で集まりコースの季節を楽しむ方になっている。
(もちろん若いころより飛ばなくなった)当たり前か!

帰りにいつものように浅草で食事会。
ゴルフの反省会などではなく世間話を肴に軽く一杯。
店の中から隅田川を挟んで対岸にスカイツリーが見える。
夜になるとライトアップして幻想的なシーン。

このメンバーたちはみな還暦を過ぎた面々だった。
皆、音響業界の繋がりのご縁。
レコーディングミキサー、音響機器屋さん、PAの先生。
30年来の付き合いである。
もちろんTOHOの初期からお付き合い頂いているのだ。
OBの進路に大きな役割を持っておられる。
(この方々にお世話になったOBはたくさんいる)
みなさんその方面で大きな影響力をお持ちなのだ。
こうしてたまに口実を見つけて会えるのも嬉しい限りだ。
これからも皆で楽しい会を続けられたら良いと思う。
監事のYさんセッティング有難うございました。

先週末、東京・市ヶ谷の私学会館で「放送派遣セミナー」が開かれた。
制作会社・放送局・学校が参加300名近くが集まった。
テーマは改正派遣法の勉強会。
このところ本法律は猫の目のように変わる。
派遣人口の割合はそれほど大きくないが、
放送業界はプロダクション制作が多く、
派遣に頼らなくては成り立たない。
放送局もその重要性気付いているのでセミナーには、
全国規模で参加してくる。
今回の法改正は、契約期間を超えると
その人間を交代させなければいけない。
そして人が変わればその職は続けられるという。
ベテランが育たない仕組みだ。
国は大企業優先の「人の使い捨て」を目指すのか。
本来特別の技能を持ったプロ集団(特に放送は)だったのに、
利益最優先、人を大切に扱わないとは情けない。
勉強会では労働局、社労士の実務対応講座があった。
6時間にわたる会も無事終了。
北海道や沖縄からも参加されたみなさん、お疲れさまでした!

今週末はフランスのパリ同時テロ!悲惨!!
憎しみの連鎖がテロリズムを生むようだ。
いつも世界では難民、テロ、戦争。
人間は少しも賢くなっていない。
過去の歴史から反省や学習をしても無意味なのか。
有史以来戦争という愚行を繰り返している。
人間という存在自体が不思議に思えてならない。
犠牲になった方々のご冥福を祈ります・・・。
2015年11月04日
11月4日(水)先日の2日(月)。東京は朝から久しぶりの雨、それにとても寒い一日。強い雨降りの中、神田の学士会館に大島先生の偲ぶ会があり、出かけた。

一昨日は一日中冬の様な寒さ。
雨風も強く、大きな傘で家を出る。
神田に着くとズボンの裾がびっしょり濡れていた。
もう大島先生が故人となられて2年余り。
早いものである、亡くなられて一年後には奥様も、
後を追われるように逝ってしまった。
仲の良かったお二人なので大島先生が呼ばれたのでは、とは
残された者の勝手な解釈かも。
先生の思い出話や、それぞれの近況などを話していたら、
あっと言う間に3時間余りたってしまった。

学士会館は故大島先生とよくランチやお茶をした思い出のところ。
ここはタイムスリップしたような古く立派な建物。
何か長い歴史の空気感漂う空間だ。

わたしも何時かは偲ばれる側にはいるのだろうか・・・。
次回は私が幹事、浅草でやる

昨日、11月3日は文化の日。
この日は例年晴れる日が多いとの予報。
そのとおりに前日とは打って変わって朝から快晴。
早くも七五三のお祝いで神社は賑わっていた。
わたしの七五三の思い出は千歳飴。
虫歯になるといけないと取り上げられてしまった。
悔しかった!食べ物の恨み?は今でも忘れていない。

近くの公園では恒例の菊花展。
今年もあの何とも言えない懐かしい香りが漂う。
菊作りのプロの作品が勢揃い。
なんとも圧巻である。

今年もレベルの高い菊たちを見られて良かった。
昨日夜、学生時代の仲間からメール。
恒例の忘年会の案内。
何時しかクラブ同期の仲間も4人鬼籍に入ってしまった。
近ごろは忘年会ではなく「生存確認会」と言う感じだ。
こればかりは順番が無いので、
集まれる機会があれば外さないようにしている。
なんだかんだと50年以上の続いているから不思議だ。
毎度云うが縁とは不思議なもので、
それなりの気遣いや努力をしないと、
知らないうちに薄くなってしまうものだ。
月並みだが今あるご縁を大切にしなければ思う。

TOHO・OBの皆さん東放学園だけではなく。
いろんな繋がりやご縁をこれからも大切に!
齢を重ねていくとその重みや存在が有りがたく見えてくるのだから…。